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福岡地方裁判所 昭和33年(行)5号 判決 1961年12月19日

原告 吉田太郎

被告 福岡国税局長

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

主文

原告の請求を棄却する。、

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「訴外博多税務署長(以下税務署長という)が昭和三二年五月九日付をもつてなした別紙(一)物件目録記載の家屋(以下本件家屋という)の公売処分を取消す、被告福岡国税局長が昭和三二年一二月三日付をもつてなした右博多税務署長の公売処分を認容する旨の審査決定を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一、税務署長は原告に対する昭和二六年度所得税その他の税金の滞納処分として昭和三〇年一二月二三日原告所有の本件家屋を差押え同三二年五月九日の公売期日において訴外西島荒太郎に対し右家屋を代金七〇万円をもつて公売処分に付した。

二、右公売処分には後記の違法があるので原告は昭和三二年六月三日税務署長に対し再調査の請求を申立てたが、同庁は同月一三日右処分は適法かつ正当になされたものとして右申立を棄却した。

そこで原告は同年七月一〇日頃さらに被告に対し審査の請求を申立てたが、被告もまた右税務署長の決定は適法であるとして同年一二月三日右申立を棄却する旨の裁決をなし、翌四日頃その旨原告に送達した。

三、本件公売処分には次のごとき違法があり、取消されるべきである。即ち、

(1)  税務署長は差押に係る物件を公売に付する場合は滞納者たる物件の所有者に対しその公売期日の通知をしなければならないのに拘らず、本件公売処分に際しては原告に対し何等通知をなさず、そのために原告は本件公売処分の事実は公売後たる昭和三二年五月一一日付滞納処分計算書の送達によつて始めて知つたものである。

(2)  税務署長は本件公売にあたり、本件家屋の見積価格を金六一万八、五四〇円と定めたが右算定は時価に比して著しく不当に低廉であり、又売却価格も適正ではない。

見積価格の算定は公の資料、時価を勘案して客観的時価を基準にしてなされるべきものであるに拘らず税務署長は、本件家屋の賃借人であり本件公売処分における落札人たる訴外西島荒太郎の意見のみを参考にして慢然右価格を算定したものである。福岡市固定資産税台帳によれば本件家屋の課税基準額は金八七万七、三〇〇円と評価されており、福岡法務局においては右基準額に三割を加算した額以上をもつて諸登記申請に要する登録税の算定基準とし、博多税務署では不動産所得を算定する場合には右法務局の算定額にさらに五割を加算した額以上の代価で取引したものとして課税しているのが実情であり、福岡市では一般に固定資産税の課税基準額の三倍程度の価格で不動産が取引されておること顕著な事実である。

従つて本件家屋は少くとも金二百万円をもつてその見積価格としなければならないものである。

と陳述した。

立証<省略>

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、原告の主張に対する答弁として、

一、請求原因第一、二項(ただし本件公売処分が違法であるとの主張を除き)の事実を全部認める。

二、請求原因第三項の主張は争う。即ち、

(1)  旧国税徴収法およびその関係法令には滞納者に対して公売期日の通知をすべき旨の規定はなく、旧同法施行規則第一九条において、公売の日時等を公告すべき旨を定めているに過ぎない。従つて、滞納者に対する公売期日の通知の欠如は、公売処分の違法の理由とはなし得ないものである。

もつとも税務実務においては、処分の円滑な運営を計るため、滞納者ならびに抵当権者、質権者、賃借人等利害関係人に通知する取扱いとなつており、原告に対しては昭和三二年四月二五日付「公売のお知らせ」と題する書面をもつて通知している。

(2)  本件家屋の見積価格の算定は再取得価格法によるもので次のとおりである。

(イ)  再建築価格 坪当り三万六、〇九五円

(ロ)  残価率 二五%

(ハ)  借地権価格 坪当り四、五〇〇円

(ニ)  貸家による減価額 坪当り四、五一二円

(ホ)  公売による特殊減価額 坪当り九〇〇円

(ヘ)  本件家屋の延建坪数 七六坪二合五勺

として評価すれば、本件家屋の坪当りの価格は(イ)に(ロ)を乗じた値に(ハ)を加算し、それより(ニ)と(ホ)を除したものである。即ち、

本件家屋の価格={(イ)×(ロ)+(ハ)-(ニ)-(ホ)}×延建坪数

={36,095×0.25+4,500-4,512-900}×76.25 = 618,540(円)

しかして右列挙の各科目の算定基準根拠は次のとおりである。

(ハ) 借地権価格について、

右は従来の取扱例に従い、精通者(不動産売買業者)の意見を参酌して認定したものであり、その取扱例とは更地または建付地の売買実例等を調査して算出した昭和三二年度相続税財産評価基準および標準価額調書において定めた借地権割合をいうものであつて、これによれば、坪当り更地価格三万円以上五万円未満のものについては、地上建物の耐用年数が二〇年以上である場合には地価の四五%である。従つて残存耐用年数の短いものはその割合に応じて減額しなければならないから本件家屋のように建築してから四〇年も経過し、残存耐用年数があと七年とみられる場合には右借地権割合(四五%)に二〇の七を乗じなければならない。しかして本件家屋の敷地の坪当りの更地価格は三万円と評価されるから、これに右により算出した借地権の割合一五%(小数以下切捨て)を乗じた額が借地権価格である。

(ニ) 貸家による減価率について

貸家による減価率は賃借人の立退を求めるに要する経費の家屋の価格に対する割合であつて従来の取扱側、全国平均率、借家人が本件家屋を営業用に使用している事情その他精通者の意見を参酌して再建築価格に残存率を乗じた額の五割と評価した。しかしてその経費とは大別すれば立退料と借地人が支出した有益費、必要費の償還費である。

まず立退料は賃借人の年間所得を基準として算出され通常はその二分の一である、これは賃借人が他の場所に移転した場合に新規開業して従来の所得を得るまでには少くとも半年程度の日時を要することによる(なお借家人が借家を営業用に使用している場合は住居に使用している場合よりも概して高額に評価される)。

本件家屋の借家人であつた訴外西島荒太郎の年間所得は

昭和二九年度 二九万〇、一〇〇円(青色申告是認、以下同じ)

〃三〇〃 二九万三、一〇〇円

〃三一〃 三四万一、七〇〇円

であるので公売時に近接した昭和三一年度の所得の二分の一である一七万〇、八五〇円である。

次に有益費、必要費は訴外西島荒太郎が本件家屋を改造して旅館の体裁を整え、建物の価格を増加せしめた分である。

しかして同訴外人が支出した有益費は、

昭和二五年度 一万三、〇〇〇円

〃二六〃 一〇万五、〇〇〇円

〃二七〃 一二万五、〇〇〇円

〃二八〃 三一万五、〇〇〇円

合計 五五万八、〇〇〇円

であるが、これにつき公売時までの使用分について経過年数による減価償却をなせば償却後の有益費は三三万四、四七四円である(その詳細は別紙(二)有益費減価償却明細表のとおり)。なお本件改造等は装飾的な施行がその半ばを占めているので建物の価格を増加せしめたものとして償還すべき額はその半額の一六万七、二三七円である。

よつて賃借人の立退を求めるに要する経費は前記両金額の合計三三万八、〇八七円であつて本件建物の価格六八万八、〇八〇円(前記(イ)、(ロ)ならびに(ヘ)を各乗じて得た額)の四九、一%となるが、立退料については前記のごとく訴外西島の年間所得額が毎年増加の傾向にあり、当然立退料も増加さるべきであるから五〇%に繰上げ評価した。

(ホ) 公売による特殊減額について

右についてはこれを再建築価格に残存率を乗じて得た額の一〇%として算定した。

最後に本件家屋の立地条件ならびに構造についてみるに、本件家屋の敷地は訴外紙興業株式会社の所有する借地であつて、交通は比較的便利であるが、博多駅移転の計画に伴い将来性に乏しく、また付近一帯は低地で排水の便が悪るく宅地としては良好といえない状況にあり、一方本件家屋は建築後四〇年を経過しており、屋根は一部陥落し、瓦は破損して雨漏箇所が数箇所あり大幅な修理を必要とする状態である。

以上のとおりであつて本件家屋の見積価格の算定は適法であつて不当に低廉であるといえない。しかも本件売却価格はこれを上廻る七〇万円である。

三、これを要するに本件公売処分には何等違法はないから原告の本訴請求は失当である。

と陳述した。

立証<省略>

理由

原告主張のごとく本件家屋が公売処分に付されたこと、原告が右処分を不服として再調査の請求、審査の請求を申立てたがいずれも棄却されたことは当事者間に争いがない。

原告は本件公売処分は違法であるから取消されるべきであると主張し被告はこれを争うので判断する。

まず原告は本件公売処分にあたり予め本件家屋の所有者たる原告に対し何等の通知がなされなかつたと主張するが、租税滞納者(所有者)に対する公売の通知は法律上の要件とは認められないから仮に右通知がなされなかつたとしても公売公告がなされている限り違法の問題は生せず従つて右主張はそれ自体失当である(滞納者に対してなされる公売通知は最後に納付の機会を与えることのための便宜上のものに過ぎない)。

次に原告は本件家屋の見積価格ならびに売却価格は一般取引価格等に比して著しく不当に低廉であると主張し被告はこれを争うので判断するに、公売物件の見積価格の認定は公売処分機関たる税務署長の裁量の範囲に属するものであつて一般取引の通念に照らし時価に比して箸しく不当に低廉でない限り見積価格ならびに市価よりも相当低いとしてもその一事をもつてその公売処分が直ちに違法であるとはいえないというべきところ、これを本件についてみるに、成立に争いのない乙第一号証の一ないし五、証人宮崎金夫、同宗末正則の各証言に弁論の全趣旨を総合して認められる本件家屋の経過年数構造、立地条件、貸家として現に他人が居住していることならびに本件家屋の敷地が第三者所有のものであり、従つて本件家屋を買受けたとしても地主から家屋を撤去して立退を請求される恐れがあること等の各事情に公売における売却価格が公売物件の客観的な時価を相当に下廻ること顕著な事実であること(下廻る原因としては一般に、公売価格が換金を目的とする整理価格であること、税務署を中心とする限られた市場の価格であり、しかも一般消費者は公売になじまないこと、公売物件、売却条件等が一方的に決定されしかも買受の手続が熕雑であること、売主は瑕疵担保責任を負わないこと税務署側の都合により公売処分が取消されることがあり、しかも買主は原則として解約、返品、取換ができないこと等がその理由として挙げられる)を併せ考えると税務署長が本件家屋の見積価格として認定した六一万八、五四〇円の価格は多少の評価の誤りがあるとしても本件家屋の一般取引価格(もちろん前記認定の各事情を考慮した上での)に比して著しく不当に低廉なものとは断じ難い。

成立に争いのない甲第一号証によれば福岡市は本件家屋の昭和三二年度の固定資産税評価基準額を八七万七、三〇〇円としていること明らかであるとしても右判断を左右しない。また原告本人の尋問の結果も右判断を覆すに足りない。

しかも前記挙示の各証拠によれば被告主張のごとき一般に徴税機関が採用している方法をもつて本件見積価格を算定した事実が認められ(しかも被告主張の再建築価格、残価率、公売処分による特殊減価率等の評定についても著しく不当であると認めるに足る事情はない)係数について客観性を保持しようとしている意図を伺うことができる。

しかして本件家屋が右見積価格を上廻る七〇万円で売却されたこと当事者間に争いがない。

以上要するに本件家屋の見積価格の算定および売却価格の点につき、本件公売処分を取消さなければならないほどの瑕疵はなく、その他本件公売処分を違法ならしめる瑕疵は見当らないから本件公売処分は適法というべく、従つて原告の本訴請求は理由がない。

よつて原告の本訴請求は棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎 井上武次 岩井康倶)

(一) 物件目録<省略>

(二) 有益費減価償却明細表(定額法による)<省略>

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